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日本で生きているなら【 親の老後 】は迫り来る危機だ

Two joyful seniors playing football in a park on a beautiful spring day

日々、生きていて昨日より今日は年をとった。自分が年をとった、ということは「親はもっと年老いている」ということである。日本は核家族化が進みすぎた。残念ながら老後に手厚い、明るいシステムが用意されてるかと言えば首をかしげざるを得ない。年金も、ひどい「誰かの使い込み」によってシステム維持が難しくなっている。いや、もともと逆ピラミッドと呼ばれる「老人が増え、若い稼ぎ頭が少ない社会構造」では老後の保障など絵に描いた餅だったのではないか? 戦後の、右肩上がりの高度成長の時代に国民に輝く未来を見せたいがためのおとぎ話。ファンタジーだったのではないか? とはいえ、自分たちの老後のことは、まだこれから考えて頑張れば金銭的にも老後のプラン的にも準備していくことはできる。そうできるように、 Mr. WiLD 編集部では「マネーを生み出せ」というカテゴリーの中で、給料以外に収入の柱が作れるような提案の記事を今後も発信していく積りだ。

しかし、さしあたっては「親の老化問題」だ。

親にはもはや、それほどの(今から準備するほどの)時間は残されていない。普段意識してはいないけれど危機は突然やってくる。だから。この危機に備えて、乗り越える道は探しておいた方がいい。

 

おやじが突然、こわれた

これから話すことはプライベートな問題なので、踏み込みづらい。なのでところどころの事項についてはぼやけた言い回しになってしまうことを最初にお断りしておく。その上で、我が身に起こった出来事を振り返ってみようと思う。

ボクは父親が好きである。彼はとても紳士だ。中東の方から油を積んで日本に運んでくるーー いわばタンカーという船の機関長を長年やっていた。ボクの親とは思えないほど真面目で几帳面。頭もよく人の悪口を言ったりもしないので非常に多くの人から好かれるような男だった。頭も良かったので海軍士官学校を目指したが、戦争が終わり「商船大学」という名前に変わり、彼はそこに入った。戦後の景気をささえる重要な「石油産業」の一端に関わって仕事をしていたわけだ。母親は気性の激しい女性でボクを含めた兄弟たちは半ばおびえて暮らしていたが、父親が年に3週間ほど家にいる時だけ幸せを感じたものだった。

 

時は流れ、子供達は独立しみんな家を出て、親は2人で暮らすようになった。どこにでもある日本の風景である。

おやじはゴルフが好きだったので、船員仲間とよく出かけていた。ゴルフがない日は、近くの「打ちっぱなし」でゴルフボールを叩いていたのだ。しかし平和な日々も、1人、2人と友や先輩、知人が別の世界に旅立っていくにつれ急速に寂しく色あせていったことは容易に想像がつく。ゴルフを誘い合っていく友も減り、家にいることが多くなった。さらに近くの「打ちっぱなし」までつぶれてしまったから、もうほとんど外出することもなくなり家に引きこもってしまった。たまに立ち寄ると大型のテレビがいつもついていて、ぼんやり見ているので「まずいな」と思い「たまには出かけてゴルフしたり遠くの打ちっぱなしにでも行ってきたら」というと「めんどくさい」と言うので驚いてしまった。

 

ゴルフをする老人

old-man playing golf

 

おやじは「めんどくさい」という言葉がきらいだった。「めんどくさいは不幸を呼ぶ言葉」だと言っていた。やりもしないで逃げるための口実だと。彼はめんどくさがらず黙々とやり抜く、そして結果を出す男だった。だから尊敬していたのだ。その父親が「めんどくさい」という言葉を吐くなんて寄る年波には勝てないものか、とかなり寂しくなったのを覚えている。

 

それからさらに何年か経ち、母親が「お父さんがボケてきた」という話をするようになった。何を馬鹿なことを、あのおやじがボケるものか、と意にも介さなかった。事実、その後家に寄ってもおやじはボケた様子などなく、母親が「ボケてると言うので頭にくる」と、憮然とした顔でボクらに苦情を言っていた。だよな、とボクは納得した。母親は決めつけの多い女性で「自分の範疇にないものを異質なもの」と決めつけるところがあった。昔に比べて、おやじが「アレ」とか「それ」という代名詞が多くなってきたのを気にしているのだ。それ、の正体を言葉に変換するのに少々時間がかかったとしても、それがなんだと言うのだ。老人なら誰でもこのぐらいのことはあろう。

しかしそれからほどなくして、おやじは急速に口数が少なくなっていった。相変わらず人懐っこい笑顔は向けるものの「あー、あれだ」とか言ったきり言いたい言葉が出てこず、そのまま会話をやめ、笑ってごまかすようになっていった。

 

窓の外を見る老人

 

親が子供にもどっていく

それからは母親が買い物におやじを連れ歩くことが多くなった。家から外に連れ出し、刺激を与えてこれ以上老化しないようにするためだ。母親の後ろをちょこちょこついて歩くおやじは子供のようで可愛かった。「あれ?」こんなに小ちゃかったかな? と思うほどコンパクトに見える。もともと背の低い男であったが、年とともにさらに縮んだ感じだ。

おやじは相変わらずニコニコしている。我が親ながら憎めない人間だな、と思う。老人になってボケが始まると、怒ったり「ご飯食べてない」ということを言ったりする人も多いと聞く。実際には食事が終わっていても脳が常にひもじくしているのだ。脳の一部が欠損してそういう事態になるらしいが、幸いおやじはそういう症状は出なくて終始穏やか。ニコニコしているのである。

しかし事態は深刻で、おやじは急速にどんどん壊れていった。

 

完全におかしい症状

会話がかみあわない。思ったことを言葉にできない。靴下がはけない。

いよいよ普通の状態ではなくなってきた。しかしボクはその事実を受け入れたくない。心が拒否していた。

ところがおやじは、おふくろとの外出でも「疲れた」「休みたい」と頻繁に言うようになり、もはや連れまわすのも困難になってきた。さらに、目を離すと行方不明になる。あわてた母親が探し回り、交番にも届けて不安の中家に戻ってみるとおやじは戻っていた。

伝書鳩や犬にも帰巣本能があるように、いろんなことがわからなくなったおやじもバスや電車を乗り継いで家に戻る本能は健在だったようだ。母親が大騒ぎして戻ったのに本人はケロッとして家の前でおふくろを待っていたというからおかしい中にも物悲しさがある。

 

老人と孫娘が川を見ている

 

自宅介護、という難しさ

自宅で介護する、というのが日本人の昔からの美徳になっているが、それはものすごく難しいということを認識する必要がある。正直いって「自分の人生を捨てて介護する」ぐらいの覚悟がないとできないと思った方がいい。今、離婚理由のかなりを占めているのが「介護問題」なのだ。義理の親は「他人」である。他人のためにこんな思いをするなら別れます、というパートナーを批判するのは簡単だが、あなたも仕事を辞めて同じような苦しみを味わっていないのなら相手を責める資格はない。有名人などが親の介護、義理の親の介護などをして壮絶な手記をつづったりしているが、おおげさでなく人を介護するのは半端なく大変だ。素人が、誰の力も借りずに介護したら間違いなく地獄に突入する。それで親やパートナーと心中するような事件が頻発しているのに、まだこの国の美徳は「地獄に落ちても自宅介護」である。今の日本のシステムはそれが可能なようにはできていない。

昔からの「美徳」を守り、自らの老後を親のために捧げた結果、身を滅ぼしてしまう人々が後を絶たない、という事実に目を向けるべきだ。伝統的な常識が通用したのは、平均寿命が50~60歳と短かった時代の話だ。今や平均寿命は80歳を超え、世界一の長寿大国となったのが日本だ。しかも核家族化していて昔のように負担を分担する制度ではない。親が自分より長生きするかもしれない世の中で、「自分だけで介護する」なんて現実的ではない。

そんなことにはお構いなしの遠い親戚やら直接自分に被害がこうむらない連中は「かわいそうだから自宅で」などとお節介なアドバイスをしてくるが耳を貸すべきではない。介護は人の力を借りて行うのが今の時代だと頭を切りかえる必要がある。たった1人を介護するにも、たくさんの人で分散して「介護の負担を極力減らす」のが正しい道だと声を大にして言いたい。介護が原因で「離婚」するケースも急増しているのだ。苦しい、大変、地獄な「間違った介護」では誰にとっても不幸なのである。

 

2人の老人がステッキでチャンバラをしている

 

素人介護 が引き起こす 対立

介護なんてやったこともない「素人」が自己の責任感と日本人の心に深く根差してきた「美徳」に突き動かされ素人介護の道に入る。だが、あまりの大変さに挫折する。挫折しなければ自分自身が鬱(うつ)になるほど苦しんだりする。その結果、

うちの母親は、おやじと対立するようになった。

何度言っても食べ物をこぼす。お風呂に入れようとしても服を脱がない。靴下も自分で履けないし、歯をみがくのもやっと。こういう「何度言っても治らない」状態を素人が根気強く待つのは難しい。イライラしてつい怒鳴ったりする。うちの母親も、だんだんおやじにそういう接し方をするようになった。「早くしなさい」と腕を引っ張ったり、「ぐずぐずしないの」と軽く叩いたりする。でもそれは、おやじにとってもスゴくイヤなことだ。恐怖すら感じたのではないだろうか。

おやじは身を守る本能で母親に反発し、叩かれれば叩き返す。すると母親は「お父さんに叩かれた。こんなに苦労して面倒みてるのに、叩くなんて恩知らず」となるわけでしょ? でも母親本人がおやじに暴力をふるっている意識はない。だって一生懸命に介護しているだけだから。母親のは教育的指導であって、暴力という意識ではないのだ。でもおやじが叩き返すと、それは暴力になる。

そういうことを見ていて、ボクは子供の頃を思い出した。勉強の理解度が遅いと、こういう教育的指導と罵倒が待っていた。だから兄弟は恐れをなしていたのだ。その同じことを、子供に戻ったおやじが体験している。おやじは、さぞ驚いているだろう。自分はほとんど船に乗っていて家に帰ってくるのは年にわずかな日数だった。その間、子供はこういう教育をうけていたとは夢にも思わなかっただろう。しかし年老いてから自分の身で、その恐怖を思い知ることになるなんて。。

これはまずい。おやじと母親、双方にとって不幸な、この状態をなんとかしよう。2人をもっと引き離さなければ。

それが、ボクが介護老人施設を探すようになったキッカケである。

 

介護老人ホームを20件まわる

そもそも母親にだって言い分はある。1日のスケジュールがあるのだ。

たとえば今日はおやじを病院に連れていこうと思って朝早くから食事をさせ、歯を磨かせきれいな洋服を着せる。さて、これでおやじの支度はすんだ。じゃ、これからやっと自分の支度だ、と急いで準備をする。さぁ、出かけよう。とすると、おやじは綺麗に着せ替えた服を全部脱いでしまっている。窮屈(きゅうくつ)だからだろうが、おふくろはキーッ、となる。たあいもないことだけれど、本人たちのどちらもがイヤな気分で対立する。

 

だからボクは、もっと大勢の手でおやじの面倒を見るようにしようと提案した。介護士さんの応援を頼むのだ。

はたして母親は嫌がった。「そんなことをしたらお父さんが可哀想」という。可哀想なのは今の状況だろ、という言葉を飲み込み、とりあえず介護士さんに日中だけでも来て預ければ、と言った。ケアマネージャーさんに相談する、という話までどうにかこぎつけた。

一方、ボクは有料介護付き老人ホームで良さそうなところを片っ端から探し出し、資料を取り寄せ最終的に20件ピックアップした。そしてその1つ1つの施設を訪ねてまわったのである。

 

老人と介護士

 

施設格差だ、刑務所のようなところもある

1日に何件、というように決めて回っていった。詳しく話を聞いて見学すると1箇所でも2〜3時間はゆうにかかる。3件回ると日が暮れる。そして、ぐったりと疲れた。

まず、びっくりしたこと。

老人になるのは怖い、ということ。入る施設を間違えると大変なことになる。

最初に行った施設で、そのことを思い知らされた。施設を訪ねるとカギがかかっていた。「あれ? 今日見学に行くことは知らせてあったはずなのにな?」と疑問に思って玄関付近をうろつき、裏の方に回ってガラス張りの廊下を通る職員と目があった。軽く会釈するとあわてて玄関に飛んできて開けてくれた。ボクが施設に上がるとガチャリ、と音がした。ふりかえると職員がまたカギを閉めたところだった。

 

「カギ、かけてるんですか? いつも」

 

嫌な気分だなと思ってたずねると、

 

「え、ええ。まぁ・・ 勝手に出て行かれるご老人がいるので。危ないので」

 

という返事だった。ロビーに入ると、老人特有のというか。人間のような動物のような匂いと、ビニールの匂いが入り混じって正直長居はしたくない気分だった。ビニールはテーブルにも床にも貼られていて、掃除が楽なんだという。なんだかなぁ、という感じだった。各部屋を外からチラッと見せてくれたが、けっして中の様子は見せてくれない。ロビーにいる老人たちも覇気がないというか、老人だからなのか。みんなボーッ、としてるように感じた。

見学して説明を受けている間も、早くこの施設を出たい気分でいっぱいだった。可哀想なのは、この施設に入った老人たちだ。ボクのように逃げ出したい気分にかられるご老人もいるだろうに、玄関にはカギがかけられている。まるで、ここは刑務所じゃないか。もしボクがここの老人だったら、ここからもう一生逃げられない。ゾッとした。

後にも先にも、この施設がワースト1である。一番ひどい所を最初に見たので、その後の施設はすべてここよりはマシに見えた。

 

刑務所の中、うなだれる2人の囚人

 

エレベーターもカギつき

次に行った施設は玄関のカギは閉まっていなかった。ホッとして職員にあいさつし、細かいシステムなどの説明を受けたあと各施設を案内してもらった。そのフロアーを見終わって3階に昇ろうとしたとき、エレベーターの中でフロアー・ボタンを押しても反応しない。「アレ?」と思っていると職員がジャラリと鍵束を出して「このカギがないとフロアー・ボタンを押せないようになっているんですよ」と得意げに自慢したのでがっかりした。あー、ここはフロアーで管理しているのね。エレベーターが老人たちを各フロアーに閉じ込めておくカギになっているというわけだ。刑務所的なイメージは拭い去れないわな。どこのホームも一緒なのか??

 

その後いくつもの施設を回って感じたのは、玄関にカギをかける施設は25%ほど。エレベーターにカギを使用しているところは60%ほどという感じだ。もちろん、玄関にもエレベーターにも厳重なカギ、というところも何件かある。施設を後にして、帰りながらボクは思った。

老人になると、悪いことをしていなくても「刑務所のようなところに隔離される」かもしれない。

という悲しい事実である。エレベーターに自由に乗って、別のフロアーを散歩することも許されないのか、とショックを通り越して悲しくなった。

 

世の中、金だ! 突きつけられた現実にとまどう

施設の居心地の他に、老人のくぐり抜けなきゃならない問題がある。金だ、マネー、マネー、ギブミー チョコレート!

ボクが訪問しまくったのは「民間の有料介護老人ホーム」である。お上の公共施設は知らない。なので一般の現実と懸け離れた話かもしれないのでボクのいうことがすべてだとは思わないで欲しい。しかしながら、公共施設ではなく民間の施設を選択する場合の参考にはかなりなる、と思ってもらっていい。こんな話は、普段生きていてふれる話ではない。が、人は必ず年をとる。今ボクらが生きている世界と、老後の世界はまったく違うんだということはわかっておいて損はないだろう。今回、親の施設を探しながら、いつの間にか「ボクだったらここは絶対いやだ」とか「ここならいいかな」という自分目線で見ている自分に気づいてハッ、とした。もはや親の問題というよりも自分の問題として痛烈に思い悩んだのである。

 

その1つがお金の現実である。

民間の介護施設が我々にどのぐらいのお金を要求するのかご存知だろうか? 莫大である。

そんなお金、払えるヤツがいるの? と笑ってしまうほどの金額であるーー

今回、施設を回って感じたのは「さまざまな業界が介護施設業に乗り出している」という現実。不動産業の大手、居酒屋チェーン、エンタメ業界、運輸関係・・ なぜ参入してくるかといえば儲かるからだと思う。

端的に言って1ヶ月かかる費用は、新入社員2ヶ月分の給与と同じぐらいの額であった。そんな馬鹿な、と思うだろうか? ボクはけっして高い施設ばかりを回ったわけではない。しかし業界の常識のように、どこの施設に行っても似たり寄ったりの金額を提示された。支払い方法は大きく分けて2つ。何年か分をポーン、と先払いしてさらに毎月少ない金額を支払うパターン。もし毎月払えなくなっても先払いした金額から天引きしていくので精神的には負担が少ない。とはいえ長生きして天引きするお金も使い果たしてしまったら当然出ていかなければならない。もっとすごいシステムは「死んだら財産をすべて介護施設に渡します」という契約。これだと毎月の施設費がグーッ、と割り引かれる。とはいえ、えげつないシステムだとは思わないか?

 

Worried slim woman is looking in a wallet. Dollars are falling.

こういう高額の先払いができる人は、よほどの金持ちか給料をコツコツ貯めてきた真面目な人である。好きなものも我慢して貯蓄に精をだした人も多いだろう。自宅も購入し、持ち家ーー 一戸建てやマンションも持っている。そういうものを売って、貯金も切り崩して「先払いの何千万円を作り」施設に入居してくる。その姿を想像したとき、祈りたくなった。会社で真面目にコツコツ働き、好きなものもあまり買わず我慢して持ち家のローンを払いながら貯蓄もした。表彰してもいいぐらいのまっとうな人物である。で、やっとローンも完済し自由になったら老後がきた。老人ホームで少しでもまともな所に入りたいから持ち家を処分し入居。毎月の費用を抑えるため、自分が死んだら財産は施設にあげることに同意。そして貯金を頼りに余生を過ごす。死んだら全部財産取られる。

これってかなり切ない物語じゃないですか? 結局この人は、どこで自分の好きなことにお金を使ったんでしょうか? もちろんそれなりの施設で最後を送れたかもしれないけど、まだ見ぬ楽しいことも世の中にはたくさんあったのでは? と考えてしまう。老人のお金を吸い上げるようなシステム、もう少しなんとかならないものか? と真剣に思いましたね。

 

もう1つの支払い方法は、成人の1ヶ月の平均的な給料よりも高い施設費を毎月払っていくケース。理不尽なことに、稼いで働いてる世代の給料ではなかなか入居できない。老人の介護つき生活とはそれほどお金がかかるのである。

 

しかし医療だって似たようなものだな、と思う。入院してみればわかるが、医療も金次第である。金があれば助かる命も、無いばかりに先端医療が受けられなかったりする。もっとも先端医療によって植物状態の「死ぬに死ねない」状態にされる危険もあるので金があれば幸せとも言えないだろうが。ま、少なくとも金があった方が手厚い看護が受けられるのは事実だ。介護と医療は非常に似通っている。「老後ビジネス」の実態を見れば見る程「世の中、金か」という現実が怖いほど迫ってくるのである。

介護施設と刑務所

 

いちばん 良かった老人ホームを 実名で公開する

今回、非常に考えることが多かった。ものすごく勉強になったし自分の老後についても想いを馳せた。

首をかしげたくなる施設も多かった中で、1つだけ光り輝く施設があった。ここだけは飛び抜けて良かったのである。それは入居者の顔を見ていてもわかる。のびのびとしているのである。正直な話、ここまでにびのび自由に「人間の顔」をした老人たちのいる施設は珍しい。ほかの多くは、どことなく老人がおどおどしたり、不安そうな居心地の悪い顔をしていた。

 

その、優良な、有料老人ホーム。シャレのようだがまじめな優良で、有料な施設とは

 

ツクイ・サンシャイン

 

という。お金ももらってないので真実のみを書く。

ここは名前の通り、光り輝いていた。もちろん玄関にカギなどかかっていない。それどころか誰でも自由に出入りできる開放的な施設だ。エレベーターにももちろんカギなどない。あまりにも自由なので「徘徊したりする老人などは危なくないですか?」と聞くと「みんなで見てますから大丈夫ですよ」と非常に嬉しい答えが返ってきた。素晴らしいな、と思う。そういえば、よそよりスタッフの数がだんぜん多い。介護施設なのに介護スタッフがほとんどいないところもある中、元気で明るいスタッフが各フロアに何人もいる。その割にバカ高い施設料というわけでもない。とはいえ、毎日いい旅館に泊まって遊んでいるぐらいのお金はかかる。それは ツクイ・サンシャイン が高いのではなく、この国の相場が高いのである。こういうところに補助を出さない国のシステム自体の問題である。

 

healthy lifestyle asian woman running at sunrise seaside wooden boardwalk

 

そもそもこの「ツクイ」という会社は、在宅介護や訪問介護、訪問のお風呂サービスから始まった会社である。

つまり介護にかける情熱や歴史が他とまったく違うのである。全国に何十ヶ所も老人ホームを持っているが、どこも明るく開放的なのがここの特徴だ。ここには何度も訪ねて突発で行ったこともある。取り繕っていない顔も見たかったからだ。しかしいつ行っても綺麗で異臭もせず、職員も入居者も明るかった。もっと大金を払えばここより至れりつくせりのところもあるのかもしれないが、今の所ボクの理想の老人ホームといえばここ、ツクイ・サンシャインがずば抜けた1位である。

 

老後の現実を、その目で見る機会をもとう

今回、ボクは親の介護の問題でたくさんの施設を回る機会を得た。「親のため」と始めたことだったが結果的に「自分のため」だった。臭いものにはフタをして見えないようにしているのが世の中というものだ。しかし、あなただって必ずやってくる老後については、一度向き合う時をとって欲しい。その上で、どのように乗り越えるか作戦を立てるのだ。

また、自分の老後はまだ先でも、親の老後は現実に、すぐそこに迫り来る危機なのである。

危機なんて言葉は使いたくなかった。しかしどうもこの国で老後を表現するのに、他に適切な言葉が見当たらないのだ。

 

親はボクのレポートを元に介護施設の実態を知った。その上で、「やっぱりできる所まで、お父さんの面倒はあたしが見る」と言って施設への入居を拒んだ。それでは、と介護保険の認定をとり、在宅介護やデイケア・サービスを使って戦った。が、それから9ヶ月ほどして力尽き、介護施設におやじを送ることにしたのだ。結果、おやじにもおふくろにも笑顔が戻った。施設はキチンと調べていい所を選べばけっして「老人を捨てる」ことにはならずかえって「おたがいを救う」ことになるのだ。本物のプロの介護は受ける方も気持ちいい。素人がイライラしながら接するよりよっぽどいいものなのだ。そんなゆとりの中で、母はおやじによく会いに行っている。あれほど険しかった顔が和らぎ笑顔で話す二人を見ていると、これで本当に良かったと思えるのである。

 

今は「介護施設を無料で探してくれる」お手伝い機関があるので、そういう所ででも、ぜひ1度。施設の実態を見に行って欲しい。備えがあれば大事には至らない。無防備な人の元へやっかいごとは舞い降りるのである。知識を身につけ、備えあれば憂いなし、だ。

 

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