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跳べ!ロックンロール・ジーニアス【 第18話 】-最終回-

ロックバンド写真

音楽ドキュメント・ストーリー: 時代はバブルに突入し、バンドは解散へ。

 跳べ!ロックンロール・ジーニアス

1980年代に巻き起こった 原宿歩行天バンドブーム の真実

【 第18話 】-最終回- 解散

 

 

〔そして誰もいなくなった〕

 

<最終回>

その晩、ホテルでパーティーがあった。

会場の片隅には、楽器やアンプがセットされていて、演奏したい人間がいつでもプレイ出来るように なっている。そこでは 凄いことが行なわれていた。

誰かが座って、ピアノを弾き出す。と、いきなりその場はタイムスリップして、ジャズが生まれた頃の ピアノバーに早変わりする。オーバーな表現でも何でもないよ。空気がね、本物のジャズ。

そのピアノサウンドが どんどんくずれてきて、ハネたラグタイムになって。それにギターが入ったり、ベースが入ったりして、リズムが変わり、ブルースになって。そのピアノサウンドが どんどんくずれてきて、ハネたラグタイムになってさ。それにギターが入ったり、ベースが入ったりして、リズムが変わり、ブルースになって。

ドラムが入れ代わると、ギターがリフを弾きはじめ、大げさなハードロックがはじまる。何気なく女のボーカルが歌うと、4オクターブぐらいのレンスがあって。太い声からハイトーンまで、ド肝を抜く声を出す。

 

 

本から飛び出すたくさんの音符

 

 

 

 

 

 

 

 

「アマチュアなんかじゃない。コイツら、すぐにでもメジャーに行ける 一流のミュージシャンじゃないか!」

まるで音楽の歴史を旅してるみたいにさ。どれも空気が本物なの。本物の世界を作り出せる本物のミュージシャンたち・・・

そこにいた日本人は、ビビっちゃって、誰もセッションしようとしないんだ。たまに調子に乗って飛び入りする奴もいたけど、みじめなもんだよ。勇気の割には音がね、まるで違う。日本人だってすごいプレイヤーはいっぱいいるけど、この時、あの場所には連中に勝てるヤツがいなかったんだ。まったくどこまで昇っても、上には上がいる。きりがないような気がした。

「ああ、ここにシフトの連中がいればな」
日本人だって負けねぇぜって、ガツンとやりたいけど、残念ながらオレたちじゃ駄目そうだ。インプロビゼーションするためには、いかに多くの音をコピーしてきたか。それに尽きるよ。きっと連中は、朝も昼も夜も音楽漬けの日々を送っているんだろう。クラシックや、ジャズの基本的な技術を身に付けた上でロックやポップスをやっている懐の深さを感じた。

 

bass player

 

 

 

 

 

 

次の日、ホテルをチェックアウトして、バスは静岡に向かった。

ヤマハが「つま恋村」っていう、一大レジャー施設に招待してくれたんだ。

目的は、各国の参加者の労をねぎらい、日本での思い出づくりをしてもらおうってことなんだけどさ。日本人もついて行った。

シーズンオフだから、人は少なかったね。アスレチック・テーマパークという雰囲気で、アーチェリーやゴーカートなんかが だだっぴろい敷地にぽつん、ぽつんと点在していた。

夜になると、またパーティーがあって。ヤマハの社長だか会長が手作りしたごちそうが山ほど出て来た んだ。本格的フランス料理ってやつだよ。オレ、そこでベロベロに酔って。何かやらかしたみたい。多分大声で歌ったのかな? ヤマハのスタッフに両腕を抱えられて、強引にパーティー会場から連れ出された。

凄い挫折感に、酒の力がなきゃ どうしようもない精神状態でさ。荒れてたんだ。

手のひらから こぼれていく砂―――オレは恐いから今持っているものを必死で守ろうとする訳。でも、どんなに強く握りしめても いや、強く握りしめればしめるほど こぼれていくんだな、未来が。

手のひらからこぼれる砂

 

 

 

 

 

 

「もう一度、もう一度頑張ろうぜ。やろうぜ。このままフェードアウト したんじゃ寂しすぎる」

オレ達。ここまで来れたんだ。オレ達なら出来る。また、やろう 一から。

メンバーを集めて、自分自身に言いきかすように言ったんだよ。

「ウン」

全員がその場では うなづいてたけど・・もう駄目だった。

「スゴいですよねぇ、外国のバンド」

ヤスコ クイーンが心酔しそうになるのを怒って、

「馬鹿、感心してどうすんだよ。あいつらと同じ位置まで登るんだ。また猛練習すれば、スゴいスピー ドで追いつけるさ」

焦っていた。早弾きヒカルもマコト・クレイジーも また雰囲気がおかしくなってきてる。ドラムのAはやけにC調になって ハシャいでるけど、まるで地に足がついていない。広いつま恋の敷地内を、オレはメンバーと別れて一人で歩いた。寂しくて、悔しくて孤独なあの気持ちをどう表現すればいいんだろう?

チャンス、音楽、グループ、自信・・・・ 音がするんだ。 サラサラと積み上げたものがこぼれて、消えていく音が。

 

孤独なシンガー 写真

 

「イカ天という番組をやるんですけど、出演して貰えませんか?」
TV番組のスタッフから依頼が来た。番組を立ち上げるにあたって、実力のあるグループに最初を盛り 上げてもらいたいんだって。ヤマハから紹介されたらしく、うちに電話がかかってきた。アマチュアミュージシャンのコンテストだってことで。プロになる登竜門にしたい、なんて熱く語るからさ。面白そうだな、と思ったんだけど・・最初の放送を メンバー全員で見て。

「何だ こりゃ?」

「音楽バカにしてますね(苦笑) 扱いがコメディアンみたい」

って、スタッフにもメンバーにも不評なの。確かに人を食った作りでは あった。

世の中が どんどんおちゃらけた方向に進んでいたもんな。バブルのノリ。TVが先頭に立って、そういう番組を作り出したんだ。なんでもお笑いにしちゃうような風潮。いまだに続いてる・・

オレたちは出演を断ったけど、その後 番組は大ブレイクしたよね。

時代の空気に合ったんじゃないの? 悪ふざけのバブル華やかなりし頃だ。

そのイカ天に、原宿のストリートバンドが出てさ。さらにサンダーロードにバンドが増えてきた。ホコ天バンドとイカ天が結びついて、きっとホコ天バンド・ブームってあそこから始まったと思ってるヤツ多いよ。でも、あの時にはもうホコ天の末期症状。ホコ天閉鎖へのカウントダウンが始まっていたんだ。路上演奏がぐちゃぐちゃな騒音発生場所になっていた。

もう隣の音がうるさくて、演奏が出来ない程ひしめき合ってる。

 

「バンドブーム」になったんだ。正確には、「タテノリ」バンドブーム。 スカなのかな、アレは。

ファンもバンドも ぴょん ぴょんジャンプしてる。新手の新興宗教みたいさ。トミノスケとヒカルの広島時代の仲間で、「竹友」って奴がいて、「シーク」ってバンドを組んでた。最初、ジーニアスが歩行天ライブをやり出した頃、馬鹿にしてたんだよ。「こんなことやって・・・・ミュージシャンじゃないよ」って。

でも、ストリートが盛り上がってくると、連中も歩行天に出だした。オレたちも、機材を使わせてやったりして、協力してたけど。

そのうち、機材屋からレンタルして、毎週出てくるようになったんだ。

で、たてのりブームがきて。そしたら「シーク」
突然、髪の毛を紫とか赤とかに染めて、タテノリバンドに変身しちゃったんだ。驚いたよ。それまでは、全然違うことやってたんだよ。ある日突然、可愛い子ブリッ子の服着て、ファンとピョンピョン飛びはねてんの。笑っちゃうって言うより、恐かった。 いい年してんだぜ。オレたちの年代な訳だから・・

タテノリって、あれは若い奴らのサウンドだ。ヘタで、元気で、おもちゃみたいな所が面白かったわけでしょう? ブームだからって、自分たちのサウンドを見失い、ポリシーを捨てたら その先に何があるの?

彼ら、CBSソニーからデビューするチャンスをつかんだから、確かにもくろみ通りではあったんだろ うけどね。でも、あっという間に消えた。

大人が子供に合わせていくなら、子供は何を目標に成長していけばいいんだ?

何のためのキャリアなの? タテノリでバンド始めた子供たちが、本当の意味で音楽に目覚めるキッカ ケになるような、カッコいいバンドにならなきゃ。

実際、ストリートはひどい状態だったよ。
業界が仕掛けて、売り出そうとしている奴らが増えて。機材が凄い。トレーラーで乗りつけて、 オペレーターが何人もつくようなPAで爆音。そんなことが あちこちで行われて、まるで業界のデビュー宣伝の場になっちゃったんだ。そのバンドのファンだけが 各グループの周りを取り囲み、閉鎖的な楽しみに変わっていく。やがて一般客は訪れなくなり、バンドは増える一方。

 

大騒音に負け、ついにオレたちも撤退せざるを得なくなったんだ。

バンドブームが起こっても、オレたちは流れの外。それどころか自分達が作り出したムーブメントに追い出されるなんて・・・
皮肉なもんだ。

クロコダイルの西さんが、マスコミの取材に答えていた。

「今のバンドブームをどう思いますか?」

「ブームは去る。単なるブームなら、ミュージシャンのためにはなりませんよ。音楽って そんな 一過性の物じゃない」

って言ってたのが、印象的だ。

オレたちの、あの何年もの汗は、「歩行天バンドブーム」という代名詞に代わり、いつの間にか「ジーニアス」の 名前は 削除されていた。原宿・歩行天・バンドブームっていうのは、今じゃ タテノリバンドのブームだった って思ってる人達 多いんじゃない?

何だろう? オレたちは現象を作り出しただけで、結局 何の権利も収穫も発生させることが出来なかったんだ。あの頃の活動に、「特許」を取るわけにもいかないだろ? そして、時代に追われるように、活動の場を失っていく。

いろんな場所にステージを移して活動は続けた。でも、もう以前ほどは受けない。タテ乗り以外は、主流じゃないんだ。

「カズ、しばらくは耐えるしかないぞ。当分、この状態が続く」

ライブハウスのスタッフにも言われた。恐怖に近いプレッシャーを感じて、叫び出したくなる。時代との“ズレ”を肌で感じる。何をやってもうまくいかない。世の中の空気、流行というものが、これ程の力を持つ物だとは思わなかった。状況が悪くなれば、バンド内の不協和音はさらに強まる。また はじまったんだよ。メンバーの我まま がさ。

オレは神経症のようになって、心がカサカサにかわいて・・・・・
ほとほとグループというものには疲れた。

熱い夏の日が・・・・ いつまでも続くとは思ってなかったけど 振り向けばすっかり秋も終わりを告げ、凍えるような雪の中に立ち尽くしていた。

 

解散。

それは訪れるべくして来た、当然の結果だろう。

すっかり少なくなってしまったファンを集めて、解散ライブをやったんだ。ホント少なくなってたよ、 何百人も何千人もいた熱狂的なファンが。

ヤマハの渋谷店の、オーディションを勝ち抜くスタートとなった記念すべき小さなホール――――

 

そこが、オレたち「ロックンロール・ジーニアス」の最後のステージになった。

 

= 終わり=

 

 

最後に

最後までお読みいただきまして、ありがとうございました。

いろいろなことがあり、当時のボクはうまくいかないことを周りのせいにすりかえて考えるところもありましたが、この世で起こったことはすべて自分のせい。悪いことも自分の不徳のせいと考えればすべては必然です。

あの頃の仲間、お客さん、ファン、スタッフ、その他支えてくださったすべての方々にお礼をいいます。ありがとう!

物語なので、その時々で「悪役」に見えたり嫌なヤツに見える登場人物もいたと思います。しかし、彼ら彼女らも必死でボクと同じ時代を生き、ボクの物語に彩りを与えてくれたかけがえのない仲間たちです。本当であれば登場人物みんなの良いところだけを書きたかった。しかしそれでは物語は進行しません。あえてあの頃の出来事にフォーカスして「ボクの目に映った出来事」として書き終えました。これはボクにとってのドキュメンタリーであり、真実ですが見方を変えればまた別の風景もあるでしょう。

いずれにしても、あのバブルが始まる直前の時期に「ロックンロール・ジーニアス」というバンドがいたことは事実であり、ボクもそのメンバーの一員として参加できたことを誇りに思います。同時に、1つの時代は終わりましたがボクのロックンロールは終わってません。ボクのジーニアスは続いています。

 

今新たに。会社というフィールドを得て、あの頃足りなかった部分を補いながら再度「ジーニアス」をやり始めています。今度の名前は 株式会社 ジーニアス インターナショナル。

貿易の会社ですが、音楽事業部もあり、音楽をあきらめていません。音楽とビジネスの融合、という新しい試みを実現しようと思っています。その全容は徐々に姿を現すと思いますが、とにかく。

ロックンロール社長 kaz は今も、転がり続けています。

Thanks !
そして暑い、熱い 夏の日々が終わった・・・

 

バックナンバー

【 第1話 】 Introduction

【 第2話 】 原宿歩行者天国

【 第3話 】 はじまり

【 第4話 】 ロックンロール・ジーニアス結成

【 第5話 】 音楽スタジオ作り

【 第6話 】 目標 年間100ステージ

【 第7話 】 TV出演

【 第8話 】 ギャラ30万

【 第9話 】 時間泥棒

【 第10話 】 オーディション

【 第11話 】 もっと でかいコンテストを

【 第12話 】 テキ屋の親分

【 第13話 】 企画ライブ「 金網越しの DOWN TOWN 」

【 第14話 】 「SHOGUN」のMr.ケーシー・ランキン

【 第15話 】 グランプリ!

【 第16話 】 ファンキーなロックンロール

【 第17話 】 掌(てのひら)の中の砂

 

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ライター紹介 ライター一覧

ロックンロール 社長 池松 kaz

ロックンロール 社長 池松 kaz

株式会社ジーニアスインターナショナル
(http://www.genius-kaz.co.jp)代表。Smart CrutchJapan 代表。Lily Nily Japan 代表。Funky Station 代表。渋谷区在住。

貿易会社社長として活動する一方、ロックバンドのシンガー、サイドギタリスト、作曲家、作詞家としても活動し、音楽とビジネスの融合を目指す仕事を展開している。

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  • ライナーノーツ【 第2話 】委任状契約

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