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跳べ!ロックンロール・ジーニアス【 第6話 】

バンドの演奏風景

音楽ドキュメント・ストーリー  跳べ!ロックンロール・ジーニアス

1980年代に巻き起こった 原宿歩行天バンドブーム の真実

【 第6話 】 目標 年間100ステージ

 

 

〔メジャー、マイナー関係ない〕

ロック・スターを目指せ

 

日曜日になると、

バンドメンバーもスタッフも朝9時に高円寺のスタジオに集まる。

中央線、高円寺駅のホームからも見える、まさに駅前の古いビルの4階。その最上階にロックンロール・ジーニアスの音楽スタジオがあった。練習だけではなく、簡単なレコーディングも出来る設備が整っていたスタジオだ。

今でこそレコーディング機材はデジタルになって、プロツールスなどの高級機材を入れたって50万そこそこである程度の録音ができるものが揃う。

しかしこの、1986年ごろはアナログの録音設備であり、太いテープが高速で回って音を刻み込んでいくわけで。オレたちのように中古で揃えても、それはそれは高価なものだった。

そういう録音用の機材はストリート・ライブで使わないものの・・
日曜日になると、それ以外のスタジオにある重い機材はほとんど外のワンボックス・カーに持って行って積み込む

機材車

 

楽器集合写真

ギターケース

 

 

 

 

 

 

 

スピーカー写真 ドラムセット
マイクスタンド

 

 

大きなスピーカーは4台。

腕が抜けるほど重いパワーアンプが4つ。腕の太さほどあるケーブルが20メーターほど。マイクシールドがぎっしり詰まった30キロほどのかごが2つ。

マイクスタンド10数本。ギタースタンド6本ほど。
ドラムセットは本体はもちろん、バーベルをぎっしり詰め込んだような殺人的重さの「棺桶」と呼ばれるシンバルスタンドが入ったケース。

そしてシンバル。ローズオルガンも重い。その他楽器、小物、もろもろ。。
一番重いのはジェネレーターと呼ばれる100キロほどある自家発電機。

近くの工事関係の道具が売っている店で20万円ぐらいで買った大きな発電機だ。
これだけの容量があれば、バンド全員分の楽器の電気をまかなえるんだけど、最初動かすまでに苦労した。
スイッチを入れてもウンともスンとも・・

自家発電機

こういう発電機を使ってました

 

 

 

 

 

 

 

 

当たり前だ。軽油を入れなきゃ動かない

って気づくまでメンバー全員、あちこちいじりながら首をかしげて・・

1時間ぐらいかかって。

 

アッ、

 

ってマコト・クレイジーが気づいてあわててガソリンスタンドに走ったんだよ。
すべてがこんな調子でズッコケまくってたけど、とにかく新しい扉を開いていってたんだ。

で、その重い、重いジェネレーター。これはスタジオの隣の扉を開けた、屋上に置いてある。
それを4人がかりで顔を真っ赤にしながら下まで運ぶのが嫌で嫌で。

でも、これがないと歩行者天国での路上演奏の電源が取れないわけだから、置いていく訳にはいかない。

そうやって、エレベーターの無い、狭い階段を他のメンバーとすれ違いながら、何度も何度も往復して機材を運びだすんだ。行きはまだいい。帰りは・・ ライブでくたくたになってから荷物を4階に戻す時が一番つらかった。

そういう思いをしながら、毎週、毎週ステージ経験を積み上げていったんだ。
「年間100ステージを、オレはこのバンドの目標にしていきたい」

 

そうぶち上げて 原宿歩行者天国ライブをスタートさせた。

しかし、よく考えたら100ステージと言ったって、「100日」ステージをこなすには3日に1度のペースでライブしなけりゃいけない。バイトの身にはそれは無理だ。

「よし、100日は無理でも 毎週日曜日。1日3ステージやれば100回には到達するぞ」

すごい こじつけなんだけどね。どうしても100ステージにこだわりたかった。

ストリートライブを毎週日曜日にやるとして、月に4回。×1日3ステージとして12。これを1年だから12を掛けると・・

おお、楽勝で100ステージ越えるよぉ、 しかもこの他にライブハウスやイベントのステージなどを入れれば 100日ステージにも限りなく近づく。 やったぁ、って皆喜んだ。

「オレたちはジーニアス。天才だ。目標を達成していくんだ」

みたいな、ぎらぎらしたプライドがあったの。
それは会社になった今も、オレが変わらず持ち続けている情熱。そういう気持ちはいくつになっても変わらないな。

マコトはレスポールのギターに花火を取り付け、ここぞってところでタバコの火で点火する。「ピシュワーッ!」って。

ドラゴン花火っていうの? 火花が3メートルぐらい吹き出してさ・・ 綺麗だよ。「タマやーっ!」って叫びたくなる。「アッチッ、チッチ」火の粉が飛んできて、軽いヤケドをしたりするんだけどね、効果があった。

何だろうと思って遠くから人が走ってくる。
「ギャーン」ってポーズをキメて。マコトはそういう「引き出し」多かったからね。いろんなロックミュージシャンのビデオ見て、キメのポーズを研究していた。

もう1人のギタリスト ヒカルは、最初 パフォーマンスを恥ずかしがっていた

今のヒカルはすごく魅せ方も考えるギタリストになってるんだけど、当時は。
恥ずかしさの壁を越えられず、いくら言ってもマジメな学生みたいにボーっと立って弾いてるんだ。開き直ってないからおどおど見える。華がない。そういう状態が続いていた。トミノスケがヒカルのいない時に、

「あの人、言えばやるからさ。皆でおだてて乗せようよ」

同郷のよしみっていうか、客がヒカルを見てないのを気にしていたこともあり、相談してきたんだ。トミノスケは勘のいいやつだから、ストリートで大勢の前に出るようになってから自然に魅せ方にも気を使うようになっていた。ヒカルは生真面目なだけに、そういうパフォーマンスの壁を越えるまでに時間がかかったんだ。今の自信に満ちた彼のプレイスタイルとは比べようもないほど物怖じしていた。

「ヒカル、オレについてこいよ。一緒にからもうぜ」

なんて言いながら、みんなで派手なアクションでヒカルにからんでいくの。
おどおどしながらも、ヒカルもそれに応えるようになってさ、だんだんサマになってきた。「オー」って客に拍手されると、本人もその気になってくる。プレイヤーを育てるのは客だよね、やっぱり。

オレは例のスピーカーに乗っかって、そこからジャンプするようになった。曲のエンディングのところでスピーカーによじ登って、ジャンプしてキメ。「ジャーン」と終わって、「パチパチ」拍手、拍手。

この頃には、もう見てる客もニコニコ楽しんじゃってね。オレ達目当てで、毎週通ってくるようになってたんだ。

レイギャングは、女なのにリーゼントして、グラサンしてオレにからんでくる。
クールなの。カッコいい。ジョーン・ジェットかスージー・クワトロかって感じだよ。ルックス的には一番ロックミュージシャンしてたんだぜ。ベースはヘタくそだけど。

その頃から シンセベースをやめて、黒白のリッケンバッカー ベースを弾くようになったんだ。

実はそのベース、オレん家にあった。オレが昔、ベースをやろうとして買ってたんだけど、メンバー見つからないウンヌンで、部屋でホコリかぶったままでね。

ミーティングでメンバーがオレん家に来た時、アイツがそれを見つけて、

「あっ、いいなー。カズさん弾かないんだったら・・・」

また例の勝手な思い込みモードに入っちゃってね。もぎ取るようにそれを持って行っちゃった。

 

本物のベースを持って、グラサンにリーゼント。見た目にはもうロックミュージシャン。女のファンがいっぱいついてたね。キャーキャー言って見てる。バレンタインデーとかにチョコとかプレゼント山ほど貰って。

「スイマセーン。レイギャンさん、これ あたしから・・・気持ちを込めて」

「アリガト」

レイギャンの声を聞いたら、皆びっくりするんだ。女だから。
美形の男とばかり思って目をハートマークにしてプレゼント持って来たのに、突然、宝塚になっちゃった。それでもあきらめきれなくて、後で他のメンバーに確認したりするヤツもいる。レイギャン「そうかあ、ゴメンネ」なんて謝ってんの。そしたらファンの子、

「いえ、いいんです。あたし レイギャンさんが女でも好きですから。ずっと応援していきます」

 

オイ、オイ。ヤバい方向に行ってないよなぁ、みたいな。レイギャングも苦笑いしていた。

ギターから花火は出すわ、スピーカーから飛び降りるわ、美形のベーシストはいるわでね、無茶苦茶ド派手バンドになってきたんだ。TVや雑誌、新聞  マスコミから取材されることが多くなってきた。トモコ チビ太は「ギャーン」とギターを弾いて、20メートルぐらいダッシュで走っていくし。

会長はサックス吹きながらバク宙。

キーボーディストのヤスコクイーンは、ポニーテールを白いリボンで結んで。激しく頭を振りながら叩きつけるようにピアノを弾く。
ブルースピアノが好きなんだ。アイツ。

普通、女のキーボーディストっていったら、シンセを「ヒヤーッ」って鳴らすだけの さしみの「つま」みたいな存在が多かったのにさ。ヤスコクイーンはそれを変えたんだ。ホンキートンク、ブギウギ、ブルース。

 

まだその頃は 技術的にはそんな大したことないんだけど、目指してる所がシブいんだ。

ピアノの上にジャック・ダニエルのボトルを“ダン”って置いて、弾きながら「グビッ」っとやる。中身はウーロン茶なんだけどね。見てる客はびっくりしちゃうよ。「若い可愛い女の子が、ブルージーにロックンロールを弾いて、ジャック・ダニエル飲むかよ。普通」って呆気にとられてるんだ。

外人の客がさ、いっぱい来て。そういうヤスコクイーンの姿を見て、大ウケしてる。「イェーッ」って叫んで手を叩いて喜んでる。そのうち向こうは本物のジャック・ダニエル持って来て、ラッパ飲みでクビッとやりながら見てる。米軍キャンプの連中じゃないかな? 腕にタトゥーとかがしてあって、ゴツいヤツら。

ヤスコクイーンもグビッ、負けずに向こうもグビッ。ステージが終わると、外人が何人もヤスコの所にやってきて取り囲んでた。「サイン、サイン」って。

 

歩行天に名前をつけたんだ。カミナリのように人の心に衝撃を与えようぜって、

「原宿サンダーロード」

TVとかが取材に来て、

「原宿サンダーロードのスター、ジーニアスです」

なんて言ってる。
カメラが廻ってるからね。オレ、歌いながら ワザとバッターンって大げさに路上に倒れて、そのままゴロゴロ転がりながら歌うの。カメラが2台ぐらい追っかけてきて。

マコトはスモーク花火を使って、モクモク煙幕を張ったり。

ギターパフォーマンス

オレ達の近くの屋台だけ、ダントツに売り上げが伸びてきた。真後ろの店なんかすごかったよ。
オレ達目当ての客が、大量にビールを買い込んで差し入れしてくれるの。
そういう連中が何人もいたから、もうビール飲み放題って感じ。

そうすると、テキ屋の態度も変わるよね。
ヤキソバ、タコ焼き、ビールも。向こうから差し入れ持ってくる。いらないって言っても、置いてっちゃうもの。

「絶対、毎週続けてくれよ。アンタらにかかってんだからさ、ウチの売り上げ。その代わり、何でも持ってっていいよ。ウチで売ってるもの」

スタッフの昼メシになったりしてた。砂まじりの焼きソバ。お好み焼き・・・・
スタッフはね。コンソールをいじれるオペレーターを2人、バイトでやとってた。

1日5千円ぐらいで。この間、そのうちの1人に会った。
島田っていう、ひょうきんで気のいいやつだったけど、今じゃ建築関係の社長さんになってて、立派になっちゃって。驚いた。そのとき島田が

「カズさんのやり方見て。あの時のジーニアスを見て、今も経営の参考にさせてもらってます。あんな何も無い、貧乏で最初は演奏もヘタなバンドマンたちが情熱だけで短期間にすごい変わってのぼりつめていく姿見て。それが今の私の経営の基本になってます。恐れず、なんでもやってやろうって」

って言ってくれたんだ。褒めてるのかけなしてるのかわからないけど、嬉しかった。ま、それは後の話だけど。

 

当時ギャラを払ってたのはPA関係をいじれる、その2人だけ。

あとはステージを見て、ファンになった連中が少しずつ近づいて来て、いつの間にかスタッフになってる。ボランティアで。

桜田って奴もステージを見て、通いつめるようになって。オレ達のマネージャーになったんだ。
この頃からポツポツ新聞、雑誌、TV などで ロックンロール・ジーニアスや原宿歩行者天国で LIVE やってるバンドがいるぞ、なんてことが紹介されるようになって。

それを見た知り合いがストリートに会いに来るようになってきた。

評判を聞きつけて、倉本も戻ってきたんだ。

倉本はオレが演劇をやってた時代から支援してくれてた個人マネージャーみたいなやつで。

いろいろ面倒見てもらってた。今も感謝してるのは、ある「事件」があって。オレは大借金を抱えることがあったんだ。演劇公演の失敗で。

で、その時 倉本も責任をかぶってくれて。借金をオレと折半、というかオレよりも多く引き受けてくれたの。

「カズはメンバーを引っ張っていかなきゃいけないから、このぐらいでいいよ。あとは俺が返すから」って。何百万だよ。オレは当時同棲していた彼女に生活は全部見てもらい、働いた稼ぎのすべてを借金返済に充てて。それでも完済に3年ぐらいかかったんだけど・・

倉本は昼も夜も働いて2年ぐらいで借金、返済し終わってたんだって。
よかった。ずーっと音沙汰なかったんだけど、ジーニアスの噂を聞いてある日ストリートに現れた。久しぶりの再会をしたんだ。WELL COME BACK クラモト サン って、嬉しかった。

それからコースケ。
笑っちゃうんだけど。その、オレと倉本が大借金をかぶることになった原因の1つ。
劇団メンバーがチケット代を清算しないで何人か逃げちゃって。そういうあおりがオレに責任としてのしかかってきたんだけど・・ その逃げちゃった何人かのうちの1人がコースケで。はは・・ アイツも噂を聞きつけてまた近づいて来た。

「いやあ、こんなに盛り上がってんのに、仲間はずれはズルイですよ」

って言うから、「自分からヤメたくせに。ていうか逃げたくせに」と言うと、

「アレ? そうでしたっけ? フハハ」

って無邪気なのか、ズルいのか?

「俺さぁ、カズさんとは昔からの仲間。ダチなんだよ。つまり、君たちの先輩ってとこかな。ウン、フハハ」

なんて自己紹介してる。

「調子いいな」とは思ったけど、ま、来るものは拒まず、去るものは追わず だ。

ただ、メンバーには昔のいきさつを話して、

「コースケって奴は、そういう奴だけど、あいつは1つのバロメーターになる。あいつが喜んで近づいてくるうちは、バンドがうまく行ってるってことだ。あいつが離れたら・・・ ヤバいよ。気ぃ抜かずに、このままガンガン行こうぜ」

メンバーの気を引きしめたの。そうだよ。こういう時にこそ、調子に乗らずキチンとやらないとね。

風はいい風が吹いてる。心配事は天気予報ぐらいなもんだ。毎週、空模様だけが心配だった。

雨は恐い。もしライブの途中で降ってきたら・・・・ローンがまだ終わってない、大切な機材がダメになっちゃうからね。

 

= つづく =

 

チューニング中のレイギャング(Bass)

チュニングするベーシスト

ステージではリーゼント。プライベートは印象が違う☆

 

 

 

 

 

 

 

 

笑顔のベーシスト

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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バックナンバー

【 第1話 】 Introduction

【 第2話 】 原宿歩行者天国

【 第3話 】 はじまり

【 第4話 】 ロックンロール・ジーニアス結成

【 第5話 】 音楽スタジオ作り

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バンドの演奏風景

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ライター紹介 ライター一覧

ロックンロール 社長 池松 kaz

ロックンロール 社長 池松 kaz

株式会社ジーニアスインターナショナル
(http://www.genius-kaz.co.jp)代表。Smart CrutchJapan 代表。Lily Nily Japan 代表。Funky Station 代表。渋谷区在住。

貿易会社社長として活動する一方、ロックバンドのシンガー、サイドギタリスト、作曲家、作詞家としても活動し、音楽とビジネスの融合を目指す仕事を展開している。

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