跳べ!ロックンロール・ジーニアス【 第17話 】

音楽ドキュメント・ストーリー: 突然、天国から地獄へ突き落とされる事件が起こった
Contents
跳べ!ロックンロール・ジーニアス
1980年代に巻き起こった 原宿歩行天バンドブーム の真実
【 第17話 】 掌(てのひら)の中の砂
〔やっとつかんだ幸運が、サラサラとこぼれ落ちてゆく〕
さて。世の中には「運」というもののつかみ方を解説してる本は数多くあるけど、
運を手にした時、どうするか?
これについては誰も語らない。
しかし、それは とても重要なことなんだよ。 ・・今、確信していることがある。
人は大きなチャンスがくると、なかなか両手を広げてその運を迎えようとはしないものだ。躊躇(ちゅうちょ)して しまう。
「アレー?自分ばっかりがこんないい思いしていいのかな?」って少し引いてしまうというか・・・・
他の人に悪いなって思ってしまうんだ。幸せを独り占めしちゃうのはよくない。もっと他の人にもおすそわけを・・・・と。
実はこれが落とし穴。
とにかく目の前にラッキーチャンスが来たら、全力で抱きつくんだ。全ての幸運を自分の中に取り入れられるように。遠慮しちゃ駄目なんだよ。ちょっとでも遠慮すると、運はスルッと、逃げる。「あ、いらないの?じゃあね」って。そりゃあサッパリしたもんだぜ。そして、一度逃げた運はどんなに追いかけても二度とつかめない。次にめぐってくるまでは。
この大事な運を・・ オレも躊躇した―――
ゆえにこれから起こることは自分の蒔いた種。
自分の弱さが引きつけた、マイナスエネルギーのような気がしてならない・・・
夕方。
ギターを弾きながら、作曲をしていた。
サビのコードが決まらず アレコレ悩んでいた時に、部屋の電話が鳴ったんだ。
「もしもし・・・・」
出ると、ヤマハの和田さんの声。心なしか沈んでいる。でも こっちはハッピーな気分だったから、C調に
「そういえば この間頂いたグランプリの賞状、ジーニアスの名前のところがマジックで手書きしてありましたねぇ。もっと筆かなんかで、キレイに書いてあると有り難みも増すんスけど・・・ 友達に見せたら、“これ、自分で書いたんじゃないの? ほんとうに優勝したのかよ”って疑われちゃいましたよ。ハハハハハ」
「・・・・・・・」
「 ? 」
アレ? 乗ってこない。わずかに不安を知らせる勘が働いて、
「・・どうかしました?」
質問はしたものの、和田さんの返事が聞きたくない。よくない事態が起こりつつあるのは、受話器の向こうの空気でわかる。
「陛下が御病気なのは、知ってるだろ?」
「陛下? ・・ああ。最近、マスコミが騒いでますよね」
「ことの外、具合が思わしくないらしいんだ」
「・・・・・・・」
そりゃあ、オレだって日本の象徴が病に伏せってるのは心配だが・・ そのことと、自分たちとのつながりは 何だろう? 抜けたジグゾーパズルをはめこもうとした。
「武道館っていうのは、皇室関係の持ち物だよ」
「!」
全ての謎が解けた。もうそれ以上は聞きたくない。
でも和田さんは続ける。
「ポツリ、ポツリとね、いろんなイベントが自粛ムードになってきてる。業界の中でも中止になったイベントは多いよ」
「それって まさか。・・・・武道館での世界大会が中止・・・って意味じゃないですよね?」
「・・・・・・・」
来るはずのない 前向きな答えを待った。長い「間」に ごくりとつばを飲みこむ。
「中止かどうかは・・・・ まだ微妙な所だ。そうならないように 全力で努力してみるが、一応・・・・・覚悟はしておいてくれ」
何分かしゃべった。詳しくは覚えていない。
「ガチャリ」受話器を置くと、未来の扉が閉まる音がして。
差し込んでいた希望の光が消え、闇に包まれた。わずか2ヶ月ほどの輝く日々が終わった・・
「お前らみたいに ツイてないバンド、見たことねぇよ。何万分の一の確率で 這い上がって来たのに、何百万分の一の不幸に見舞われ チャンスを失なう。運がない奴は この世界、難しいかも知れないぞ」
ヤマハの、若いスタッフの言葉が胸を突き刺す。
「運、ですか・・・・」
「天皇陛下 崩御により、世界大会中止」
このニュースは、たちまち各国の「バンド エクスプロージョン」関係者にも伝わり、一大ブーイングが巻き起こった。裁判ざたの話まで出たらしい。
そりゃそうだ。
激戦を勝ち抜き、すごい思いをして勝ち上がって 日本へやってくるんだ。日本側の都合だけで、簡単に中止にはできない。悩んだ末にヤマハ側が出した結論は、少し延期して あまり公にせずにひっそりと大会をとり行うというものだった。TV局の広いスタジオを使って、収録をする。しかし、観客は一切入れない。オレたちのファンのチケットは既に何100枚も売れていたのに・・
明らかに盛り上がりには欠けた内容だったけど、それ以上は望むべくもない。
「よし、頑張ろう。どんな状況になっても グランプリを取ればいいんだ」
お互いを再びふるい起たせる。
ヤマハのスタッフも、ジーニアスを主役にしようと考えてくれて。コンテスト終了後に、世界中のアマチュアが1つになってビートルズを歌うという企画で。 その演奏をジーニアスに依頼した。
「カズ、エンディングでステージの真ん中に立って 皆をリードしていってくれ」
構想では、オレたちがグランプリを取って、世界中のミュージシャンと「ゲットバック」を歌う。音楽という「言葉」で、世界は1つになり でかいトロフィーを抱えて喜ぶオレの顔がアップになり―――――
というのを表現したかったんだと思うよ。多分。
でも この時、風向きが変わったことには まだ気づかなかったんだ。
九段下に「グランドパレスホテル」というのがあって。3.11の大地震で建物が崩れて2階が落っこちちゃった「九段会館」ってホテルがあったでしょう? 古くて歴史があるんだけど正直オンボロのビル。「世界大会出場者」は、「九段会館」か、すぐ近くの「グランドパレス」のどちらかを選んで宿泊するように言われたんだ。全員そこのどちらかにチェックインした。
コンテスト出場者は世界中からやってくるわけだから、いろんなところに宿泊されたんじゃ管理しずらいわけだよ。だからホテルに缶詰にして出場者が遅刻したり、いなくなったりしないようにしたの。で、オレは当時から古かった「九段会館」を避けて「グランドパレスホテル」に泊まったんだ。
メンバーは全員タダ。だけどスタッフの分は自腹きらなきゃならなかった。
豪勢な部屋が割り当てられ、食事もホテル内のレストランで使える ミール・チケットが1人何万円分も与えられた。高級なホテルのレストランの食い物も、このときばかりは開放されていたわけだ。
「カッコいい。憧れてたんだよ。こういう暮らし。ホテルに泊まって、ライブのことだけ考えて集中する」
「カズさん、外タレが武道館にコンサートに来たみたいっスね」
ブランデーグラスにウイスキーを入れ、その気になって気取ってるオレにジーニアスのスタッフが言った。
窓からのぞくと、東京の空が見える。どこから見上げても、灰色だ。
今日サウンドチェックをして、明日が本番。移動は全てミュージシャン専用の大型バスで行なわれ、宿泊代以外にも食事券がヤマハから支給されていたから。
「すげぇ! ステーキでも食えるな。それともスシにするか?」
貧乏なミュージシャンたちははしゃいじゃって大変。。豪華な食事を取り、フジTVに向かう。
会場では大勢のスタッフが働いていた。
「あっ、スイマセン。右のギター、返り悪いんですけど・・・・ チェック アー アー」
メンバー1人1人に専属のスタッフがついて、インカムで細かいチェックを伝えながら動き回っている。
リハーサルは進行していく。
「マコト。もう少し音下げないと、バランス取れないよ」
相変わらずの爆音を注意すると、渋々 ボリュームをしぼった。ところが、今度は「ピー」というハウリングのような雑音が止まらない。原因不明の雑音。マーシャルは突然 不機嫌になることがある。いいアンプなんだけど、気まぐれなんだ。人間みたいにね。
いろいろやってみるんだけど、直らなくて。そのうち、ヤマハのスタッフが焦り出してきた。
「スミマセン。次のバンドもいるんで・・・・こっちで原因調べときますから、とりあえず今日はこれで・・・・いいですか?」
不安を残しながら、大したサウンドチェックもせず、アンプの修理でリハーサルは終わってしまったんだ。
「何か歯車が噛み合わない」
本能が知らせる不安を打ち消すように、酒を飲んで寝る。
コンテスト当日、原因不明のハウリングは直っていたけど、理由はついに発見できなかったらしい。突然直ってたんだって・・・・不安だ。
司会は、マイケル富岡っていう ハーフのタレント。
なんと、あの「ヤラセ」のコンテストでも司会をしていたんだ。バイリンガルで、英語ペラペラってのが売りらしいけど、世界中から集まったミュージシャンを前にしたら
「最初に言っておきますが、ぼくの英語はかなりいいかげんなもので・・」
なんて、妙におどおどしてた。コメントの打ち合わせがあって、彼のところに行った。
「どうも、覚えてますか?」
「オーウ。ジーニアスでしょう? 又、会いましたネ」
いろいろ打ち合わせをして、最後に
「でも、あのコンテスト・・・・ヤラセでしょう?」
ストレートに疑問をぶつけた。そうしたら 彼、すごくおどけて
「ワッカーリマーシターア?」
って大声を出して、攻撃的な照れ笑いをした。
そんな 1989年の春、世の中の悲しみが まだおさまりきらない頃、まだ四谷にあったフジテレビのスタジオで「世界大会」が開かれた。でも、世間的には まったく注目されないイベントに成り下がっていたんだ。

マコト・クレイジー と kaz
出番の前、フト悪い予感がした。
「マコト、今日はあまり派手なアクションにこだわらず、とに角 音を合わせて自然なグルーブを作りだそうぜ。音に集中して、ガツンと行こう! な 」
「OK。わかった」
演奏がはじまった。
「あれ? どうしたんだよ、みんな」
浮き足立ってる。また悪いアマチュアな部分が出始めてるぞ。一人一人が、前へ前へ。やっつけ仕事みたいに、とにかく この場をしのいで 早く終わらせようと焦ってるみたいなんだ。
楽しんでない。
演奏を楽しむはずが、嫌な仕事をさっさと切り上げるような 雑なプレイ。オレたちの前に行なわれた各国のミュージシャンたちの演奏のレベルが高いことをみんな感じているんだろうか? 凄いプレッシャーが皆のプレイを乱している。
「そういえば この所、メンバーと満足に話し合っていなかったな」
サウンドが、お互いのノリが つかみきれない。
「グッド ジョブ!」
リハの時に外人のプレイヤーに声をかけられたけど、お世辞にしか聞こえない。そんな感じで本番に突入しちゃったわけだ。以前大コケした時のコンテストもそうだけど、アマチュアって、いい時と悪い時の差が大きい。プロはだいたい70%ぐらいの力加減で、実力の浮き沈みを無くして安定した演奏をお客に提供できるんだけどオレたちはね・・・
いい時はプロも真っ青の目の覚めるような演奏をするけど、へこむとこんな感じになっちゃって・・でも最近はだいぶ安定してきたのにな。こんなまずい演奏は久しぶりだ・・
頭の中を行ったり来たり、どうでもいい考えがかけめぐって冷静なようでいてちっとも地に足がついていない。つまりあがってるんだろう。落ち着け、落ち着け。。自分と闘っていた。
そのとき。
「ギャーン!」
凄い音がして、ギターのネックが折れ、ボディが転がった。驚いて唖然とした。
曲のエンディングで、マコトがギターを天井に向かって放り投げたんだ。スコーピオンズのルドルフ シェンカーを真似たんだと思うよ。
「一発派手に決めて、ヒーローになろう」としたんじゃない? 高く真上に放り投げた。
キャッチするつもりが、落として。ヤマハが モニターとして提供してくれた新品のギター。ヤマハが誇りに思って開発、製造したギターが「グワッシャーーン!!!」と、エコーがかかったような音とともにオレの目の前で砕け、粉々に飛び散った。
スローモーションに見えたよ。この時が、オレの。そしてバンドの。
未来が砕け散った瞬間だった・・
その時には何がなんだかわからず、そこまで真剣に受け止めていなかったんだけど。今振り返ってみるとあの時にオレたちは砕け散り、オレは長いトンネルに入ることになった。オレにとって大きな人生の分岐点だった気がする。
エンディングだから。音的な問題はないんだけど・・・・その折れたネックをマコトは誇らし気に振り上げたから・・・
ヤマハのスタッフが、血相を変えて集団でどこかへ走っていく。楽屋に戻る途中、オレたちを送り出した渋谷店のスタッフがやってきて、
「マズイ、まずいよ アレ。今、上の方で大問題になってるよ」
「やっぱり・・・・」
せっかくモニターに貰ったヤマハのロゴが入ったギターを叩きつけて、粉々にしてしまった。故意でないとしても、「うわぁ。ある意味で宣伝になったね」なんて、好意的にとってくれるスタッフがいるだろうか? いないだろうな。
ヤマハの社長とかも見に来てたみたいで、すごく怒ってるらしい。あとでTV放映を見たら、その破壊シーンは全てカットされていた。見事なまでに・・
「ブロークン ギターボーイ!」 「パンク」
他の国のバンドマンたちから はやし立てられ、マコトはいい気分になっていたけど、オレの気持ちは寂しかった。それまで味方だったヤマハのスタッフも、オセロゲームのようにパタパタと裏返ってひきつった表情をオレに向けた。だろうな。この場合、黒幕はオレということになる。
「ギター壊しても目立とうぜ」
ぐらいのこと、おまえ言ったんだろ! そういう目がいくつも向けられたのよ。だからもう、見ないフリしてた。なんも気づかない素振りで賞の結果を待った。。
各バンドが名前を呼ばれ、賞を授与されていく。
日本からは、北海道の代表バンドが 特別賞かなんかを与えられた。
四位、三位、二位、期待を込めたグランプリも・・・・
ついにオレたちの名がコールされることは無かった。当たり前と言えば当たり前だ。パッパラー河合がTVでオレたちのことをコメントしていて、
「ああいうバンドは、入賞させません。面白いけどね・・・・ ダメです」
きっぱりと言われた。
マコトのせいばかりじゃない。世界の実力は 凄いよ。もうレコード会社が決まった連中ばかりで。専属のマネージャーを引きつれて、やってきていた。大人と子供ぐらいのクオリティーの差がある。よく知らないけど、あの時のバンドマンの中には、デビューして世界的に有名になった奴もいるんだってね。
ここらへんから、何をやってもうまくいかなくなってきたんだ。オレたち。
= つづく =

跳べ! ロックンロール・ジーニアス
バックナンバー
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【 第14話 】 「SHOGUN」のMr.ケーシー・ランキン