跳べ!ロックンロール・ジーニアス【 第9話 】

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音楽ドキュメント・ストーリー 跳べ!ロックンロール・ジーニアス
1980年代に巻き起こった 原宿歩行天バンドブーム の真実
【 第9話 】 時間泥棒
〔チビ太、泣く〕
そんな周りの盛り上がりとは対照的に、
バンド内部は複雑で。
ぎくしゃくとした人間関係を調整することに、かなりの労力を取られていた。
一言で言って、「芝居出身者」は低く、軽く見られていたんだ。
金銭的にもエネルギー的にも、バンドを支えているのは「芝居出身者」なの。
でも「音楽を知らない」と断定され、発言権はあまりにも低かった。
オレも芝居出身ではあるけれど、オレには言えないからね。大人気なくて、今となってはホントに恥ずかしい話なんだけど・・ オレは当時かなり血の気が多く、なめられて黙ってる人間じゃなかった。攻撃されるとすぐに牙をむく馬鹿犬だったんだよ。だからオレに言えないような不満を他のメンバーが受け止めるしかなかったんだ。特に トモコ・チビ太が・・・
「トモコ チビ太」はねぇ、ファンの間でも凄く人気があったんだ。
ステージに立つと、まるで小っちゃい子供。ウン。小学生ぐらいの子供が元気に飛びはねて、ギターなんか弾いちゃって、ってね。
「ジョニー・B・グッド」の世界だ。 ある山深いド田舎に、「ジョニー・B・グッド」という男の子がいました。すごくちっちゃいんだけど、ギターを弾くと皆が集まってくる。ベルの音みたいに チリリリリン、とね。凄いヤツだ。 ちっちゃな指で弾きまくるから、みんなノッちゃって踊りだす。
「GO! GO! GO チビGO! GO!」
見てる方が保護者みたいな気分になっちゃう。運動会で自分の子供を応援するみたいにさ。
「アラ。うちの子、大丈夫かしら。頑張って!転ばないでね」
そんな顔して見つめてる客が多かった。ジャンプしたり走ったり、転がったり・・・楽しいよ。バンドに人気が出たのは、アイツの功績、大きい。

トモコチビ太 & ロックンロール社長 kaz
素顔は、天然の「ボケ」なんだけどね。 そう大ボケ。
電車で移動してる時、吊革につかまってたら、車輌 が「ガタン」と揺れて。チビ太の奴、「ビューン」と飛んでった。あんなに飛ぶことないのに。ホント、後ろのシートまで飛ばされて、ストンと座っちゃったの。知らないおじさんのヒザの上。おじさん、ビックリ。オレもビックリ。
「お前、それって“バック トゥ ザ フューチャー”のパロディのつもりかよ」
そういう映画のシーンあったじゃない? 巨大スピーカーの爆音で飛ばされる主人公。
「バック・トゥ・ザ・トモコ」だ。
アイツのボケについて、いちいち細かいことは覚えてないけど、スサまじかったんだ。それでスタジオの練習がストップしちゃうことも、よくあったし。
「ヤスコ・クイーン」も似たような感じだったからね。あの2人が揃うと強烈。話が感覚的で、オレたちにはチンプン カンプン。連中にしか見えない「世界」って奴があるみたいだな。
本人たちは大真面目でやっていることでも、ずい分爆笑させられてしまった。
チビ太が 竹の塚から高円寺に引っ越して来た時も・・
アイツ、フトンをさ・・ 電車で持ってきたんだぜ。担いで。唐草模様の大きな風呂敷に包んで。
女のメンバーが手伝いに行ったらしいんだけど、真っ赤な顔して「大恥かいた!」って言うんだよ。
電車に乗って、フトン袋担いでるやつ見たら 周りの乗客は引くだろ? 当たり前の反応だ。しかも唐草模様だぜ。
小学生ぐらいの子供に指差されて「アッ、ドロボーだ!」って言われたっていうんだ。犬にも吠えられたんだって。そりゃ吠えるよ、犬だって。怪しいもん。
ま、それもアイツの持ち味だから。オレは楽しんでたんだけど、神経を逆なでされて怒る奴もいた。マコト・クレイジーから借りたギタースタンドを、チビ太が無理に引っ張って壊しちゃったりしてさ。
「ここにネジがついてるだろ? ネジをゆるめて引っ張れば、オシャカにならずにすんだんだ。よく見ろよな」
ギターを教えていたのはマコトだったからね。イラつくことも多かったんだと思うけど、マコト・クレイジーにも問題があった。
アイツ、スゴい「こだわり」を持ってるの。ハードロックというものに。
ハードロック以外は音楽にあらず。リッチー ブラックモア、ジェフベックこそが全ての頂点に立つギタリストだ、みたいにね。
そういう「こだわり」はいい方に作用すれば、ルーツとポリシーを持った楽曲が出来たりして、バンドのサウンド、カラーを強力に印象づけることが出来る。ジーニアスの楽曲の個性は、そういうマコト・クレイジーの音楽的志向から生み出されたものが70%ぐらいあったと思う。彼なしではロックなサウンドは形作られなかったと言っていい。つまり、ロックンロール・ジーニアスにとって絶対的に必要な存在だったんだ。
でも、そのこだわりが悪い方向に働くと・・・
こんなことがあった。
マコトの考えでは、チューニングは自分の耳だけを頼りにするべきだ、と。
正論だよ。トモコにも 音叉とかピアノでAの音をひろってチューニングさせていたんだ。
やったことある奴ならわかると思うけど、素人にとってチューニングって、そんな簡単なことじゃないんだな。
Aの音に合わせるって言ったって、
「これとこれは 同じ音? え? ちがうの? 高いの? 低いの?」
耳が慣れてないからね。基本的なことがわからない。
スタジオの中で、「ポーン。ポン、ポーン。ビョォーン」って延々チューニングが始まる。
「チガウ。高い」
ってマコトに言われて、「ビョォーン」
「チがうだろ。今度は低すぎるんだよ。もっとちゃんと聞いてみな」
ちゃんと聞いてみなって言ったって、オレだってワカらん。
他の奴も、よくわかんないって顔してたけど、チビ太の要領の悪さがよけいアダになっててさ。5弦合わせてんのに、4弦のペグをゆるめてたり。
「チビ太、チューニング メーター使えよ。メーターで合わせて、1人になった時、耳で合わせるトレーニングすればいいんだよ」
今だったら オレ、そう言うよ。簡単なことじゃん。
そんなカタく考えることじゃない。今は皆で練習してる時間だからさ、メーター使えばいいんだ。
「チューニング メーター使えば?
レイ ギャンか誰かがそう言って、助けようとした。
「いや、出来ないうちから妥協しちゃ駄目なんだ。時間がかかっても、自分の耳で合わせないと」
マコトが断定的に言った。
そんな「こだわり」 クソくらえ! だよ。30分も1時間も、皆の前でチューニングする意味がどこにある? 厳しさも、そこまでやれば行き過ぎだ。
チビ太、だんだんプレッシャー感じてビビっちゃって、もう全然耳が働かない。音が探せなくなってるんだ。それでも「ティン・コン」って音を出して・・・
オレ、守ってやれなかったの。アイツを。トモコ チビ太を。
青い顔して、ずっとAの音を探しつづけてるアイツを。皆のさらし者にして、ただ見てた。
だって 音楽知識が無いから、マコトの変なこだわりに対抗する意見が言えないんだ。悔しいよ。ふがいない自分・・・
次の練習から、チビ太は1時間以上前にスタジオに来て、チューニングをするようになった。他のメンバーも手伝ってやっとチューニングが合ったんだ。
皆がスタジオに来るまでに間に合って、「よかった」ってホッとして。
「さあ、練習やろうぜ」
トモコ チビ太がギャーンて弾いたら マコトが、
「トモコ、チューニング違うぞ」
「・・・・・」
「・・・・」
「・・・・・」
―――スタジオに緊張が走った。
そこからまた 延々、チューニングがはじまったの。
オレたちは、ただ それを見つめるだけ。
マコト・クレイジーの言ってることも気持ちもわかるけど、そこまでやっちゃダメだ。今だったら言える。もうやめろ、って。
そこまでやったら、もう指導でもなんでもない。あそこまでいっちゃったら・・・いじめだ。
うがった見方をすりゃあ、ストリートではトモコはバツグンに人気がある。「音」を支えてんのは自分達なのに、って面白くない。コイツばっかり。実力も無いくせに目立ちやがって、って。
そういう気持ちが全然無かったとは、言えないと思う。異常だった、あの雰囲気。オレたちみんな若かった。わがままな部分が出ちゃうこともある。オレも人のこと言えない。ひどいわがままなガキだったよ。でも・・
もう皆がイヤになっていた。何に対してイヤなのか。それすらも解らないまま、全員がトモコのチューニングを待っている。
「何でこうなる訳?」って答えを求めるうちに、「一体、誰のせいだ?」って犯人探しがはじまっちゃう。
バイトを切り上げて、練習に遅れないように走って来たのに、急いでスタジオに来てみれば、ただ チューニングに付き合わされる―――だけ・・・・皆のイライラはピークに達していて、攻撃目標を捜しはじめていた。
その時。
「時間どろぼう!」
空気を引き裂くように、ツッパリ 久美子が叫んだ。
ハッとしたように、その場にいた人間達がこわばった。
ツッパリ 久美子も「しまった」という表情を見せたけど、もう遅い。
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・クスン。クスン」
普段明るく脳天気なチビ太の目から、涙があふれていた。
「安っぽくなるから、どんな時にも涙なんか流すな」
ってメンバーに言っていたオレの言葉を守って、必死にこらえてるんだけど、いろんな思いが詰まって、こぼれてくるものを押さえることは出来なかった。
オレ、それからだ。真剣に音楽の本とか買って読むようになったのは。
知識が無ければ、メンバーを守れない。このままじゃ、大事な仲間がつぶれてしまう。そう思って、音楽について もっともっと知らなけりゃいけないと思ったんだ。
= つづく =
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